毎日店舗や施設の清掃を行っているにもかかわらず、床の黒ずみが解消されず、全体的に薄暗い印象になってしまうことがあります。
このような状態が続くと、来店されるお客様に不衛生な印象を与える可能性があります。
また、汚れを放置し続けることで床材そのものが劣化し、将来的に床の張り替え工事が必要になる場合も。
この記事では、通常の日常清掃や定期清掃とは異なる「剥離(はくり)清掃」という作業について、その仕組みや必要性、実施する際のリスクや費用感について、清掃の専門的な視点から具体的に解説します。
床の「剥離清掃」とは?通常の洗浄では落ちないワックス層の除去作業
通常の床清掃と「剥離清掃」は、作業の目的と除去する対象が異なります。
表面の汚れを落とすだけでは改善しない黒ずみの原因となっている「古いワックス」を、化学的な反応を利用して取り除く作業について解説します。
何層にも塗り重ねて硬化・黒ずんだ「古いワックス」を溶解する
多くの店舗や施設で行われている定期清掃の「洗浄(表面洗浄)」は、床表面の汚れを洗剤で落とし、その上から新しいワックスを塗り重ねることで光沢を出します。
この作業を長期間繰り返すと、古いワックスの層と取り切れなかった汚れが交互に積み重なり、厚い層となって床に蓄積されます。
これを「ビルドアップ」と呼びます。
この層の内部に入り込んだ汚れは、上からブラシで擦っても届かないため、落とすことができません。
剥離清掃では、これまでに塗り重ねてきた古いワックスの層を、一番下の層まで全て溶かし、一度完全に取り除く作業を行います。
これにより、層の間に挟まっていた汚れも同時に除去することが可能になります。
専用の強アルカリ性剥離剤を使用し、床材を初期状態に戻す
硬化して樹脂化した古いワックスを分解するためには、pH値の高い強力な「剥離剤」を使用する必要があります。
この薬剤を床全体に均一に塗布し、一定時間置くことで化学反応を起こさせ、固まっていた樹脂の被膜を液状へ変化させます。
この工程を経ることで、床材(塩ビタイル、長尺シート、リノリウムなど)の表面に何年も蓄積した被膜がなくなり、施工直後の何も塗られていない初期の状態へと戻ります。
この状態にしてから、改めて新しいワックスを塗布することで、透明度の高い清潔な床面を作ることができます。
通常の定期清掃とは異なり、高い技術と時間が必要な特殊清掃
剥離清掃は、通常の洗浄作業と比較して数倍の時間と労力を要する作業です。
古いワックスを完全に除去しなければならないため、薬剤が浸透して反応する時間を十分に確保し、物理的に削り取る工程が発生するためです。
また、使用する薬剤が強力であるため、取り扱いを誤ると床材を変色させたり、周囲の什器を腐食させたりする可能性があります。
そのため、一般的な清掃スタッフが日常的に行う作業ではなく、専門的な知識と経験を持った技術者が行う「特別清掃」に分類されます。
店舗スタッフが自力で剥離清掃を行う際に発生する「3つの実害」
コストを抑えるために、自社のスタッフで剥離作業を行おうと検討される場合があります。
しかし、専用の設備と正しい知識がない状態で作業を行った場合、清掃の失敗だけでは済まない深刻なトラブルが発生する可能性があります。
強アルカリ剤の拭き残しにより、床材が変色・反り返る
剥離剤は非常に強力なアルカリ性(pH12以上など)を示すため、使用方法を誤ると床材そのものにダメージを与えます。
特に、薬剤の濃度調整が不適切であったり、作業後の「中和作業(水洗い)」が不十分であったりする場合、床材が化学的な反応を起こして変色するケースがあります。
また、塩ビタイルなどの継ぎ目から薬剤が裏側へ浸透し、接着剤を溶かしてしまうことで、床材が端からめくれ上がったり、反り返ったりする現象が発生することもあります。
一度変形や変色してしまった床材は、清掃では元に戻すことができません。
結果として、床材の全面張り替え工事が必要となり、高額な修繕費用が発生する原因となります。
汚水回収が遅れるとワックスが再硬化し、表面が凹凸になる
剥離剤によって溶解したワックスは、時間が経過して水分が蒸発すると、再び硬化する性質を持っています。
手作業で汚水を回収しようとして時間がかかると、作業中に溶けたはずのワックスが床に再付着し、表面が凸凹の状態で固まってしまうことがあります。
この状態になると、通常の洗浄作業では修正することができず、さらに強力な薬剤を使用して再度剥離作業をやり直す必要が生じます。
プロの業者が行う場合でも再剥離は困難な作業であり、自力で行おうとした結果、収拾がつかない状態に陥る事例が見られます。
剥離廃液は産業廃棄物に該当するため、一般排水として流せない
剥離作業によって発生した汚水(廃液)には、溶解した化学樹脂成分や高濃度のアルカリ成分、界面活性剤などが大量に含まれています。
これらの廃液を、そのまま店舗のシンクやトイレ、側溝へ流すことは、水質汚濁防止法や下水道法などの法令により規制されている場合があります。
また、樹脂成分を多く含んだ廃液を排水管に流すと、配管内部で成分が固まり、詰まりを引き起こす原因にもなります。
適正に処理するためには、産業廃棄物として専門の処理業者に回収を依頼するか、専用の中和剤や凝集剤を使用して固形化し、事業系廃棄物として適切に処理する必要があります。
自社で実施するために不可欠な「業務用機材」と「導入コスト」
剥離清掃を適切に完了させるために最低限必要となる機材と、その準備にかかる負担について整理します。
重量のある「業務用ポリッシャー」と完全剥離用「黒パッド」
厚く塗り重ねられて硬化したワックス層を削り取るためには、床に対して垂直方向に強い圧力をかけながら回転させる必要があります。
手作業のデッキブラシや家庭用の軽い洗浄機では圧力が不足するため、重量が30キログラムから40キログラム程度ある業務用の床洗浄機(ポリッシャー)の使用が必須となります。
また、ポリッシャーに装着するパッドも、通常の洗浄用(赤や青)ではなく、研磨粒子が粗く硬い「剥離用黒パッド」や「茶パッド」などを選定しなければ、硬化したワックスを物理的に削り落とすことはできません。
これらの機材は重量があり大型であるため、使用しない時の保管スペースを確保する必要があり、使用時の運搬にも労力を要します。
粘度のある汚水を瞬時に吸引する「ウェットバキューム」
剥離作業において重要な工程の一つが、溶かしたワックスが乾燥する前に素早く回収することです。
剥離剤と混ざったワックスはドロドロとした粘度の高い液体となるため、モップや雑巾で拭き取ることは困難です。
拭き取りに時間がかかると、拭き跡が残ったり、再硬化したりする原因になります。
そのため、水分と固形物を強力に吸い取ることができる業務用の湿式掃除機(ウェットバキューム)が必要となります。
この機材を使用することで、床材の目地に入り込んだ汚水まで瞬時に床から引き剥がし、再付着を防ぐことが可能になります。
機材レンタル費と薬剤費だけで「最低5万円以上」かかる
これらの業務用機材をすべて購入する場合、数十万円の費用がかかります。
レンタルを利用した場合でも、ポリッシャー本体、ウェットバキューム、送風機、延長コードなどのレンタル料金が発生します。
さらに、業務用剥離剤、中和剤、ワックス、フロアパッド、モップ、養生テープなどの消耗品を購入する必要があります。
店舗の広さにもよりますが、これらを揃えるだけで数万円から5万円以上の出費となることが一般的です。
プロが実践する剥離清掃の具体的工程と「中和洗浄」の重要性
専門業者は、失敗のリスクを排除し、品質を安定させるために、決められた手順に従って作業を進めます。
特に、自社清掃では省略されがちな「養生」や「中和(リンス)」といった工程こそが、仕上がりの品質と床材の保護を左右する重要な要素となります。
①什器を移動させ、巾木(はばき)を薬剤から保護するため養生する
作業を開始する前に、移動可能なテーブル、椅子、棚、観葉植物などをすべて作業エリアの外へ移動させます。
その後、壁と床の境界にある巾木(はばき)や、動かすことのできない固定什器の足元に対して、マスキングテープや養生シートを用いて保護を行います。
これは、強力なアルカリ性の剥離剤が付着することによる変色や腐食を防ぐために不可欠な工程です。
②剥離剤を塗布し、古いワックス層が溶解するまで浸け置く
床の汚れ具合やワックスの層の厚さに合わせて、適切な濃度に希釈した剥離剤を、モップを使って床全体にたっぷりと均一に塗布します。
塗布後はすぐに擦り始めるのではなく、薬剤がワックス層の奥深くまで浸透し、化学反応によって溶解するまで、5分から15分程度の時間を置きます。
この間、薬剤が乾燥しないように注意し、必要に応じて薬剤を追加塗布しながら反応を促進させます。
③ポリッシャーで研磨し、乾く前に汚水を全回収する
ワックスがゲル状に溶けてきたことを確認したら、剥離用パッドを装着したポリッシャーで床全体を丁寧に研磨します。
床材の凹凸や目地に入り込んだ汚れまで物理的に掻き出します。
その後、直ちにウェットバキュームを使用して、発生した汚水を一滴も残さず吸引します。
機械が届かない隅や端の部分は、手作業用の工具(スクレーパーやハンドパッド)を使用して削り作業を行い、除去漏れを防ぎます。
④残留アルカリ成分を水で洗い流す「中和洗浄」を徹底する
汚水を回収した直後の床表面には、まだアルカリ成分が残留しています。
この状態のまま新しいワックスを塗布すると、アルカリ成分とワックスが反応して密着不良を起こしたり、光沢が出なかったりする原因になります。
そのため、きれいな水を撒いて洗い流し、再度バキュームで吸い取る「中和洗浄(リンス)」を繰り返します。
場合によっては、pH試験紙を使用して床表面が中性に戻ったことを確認してから、乾燥・ワックス塗布の工程へと進みます。
剥離清掃を業者に委託する場合の「費用相場」と実施タイミング
剥離清掃は通常の定期清掃よりも作業工程が多く、専門的な資機材を使用するため、費用は高くなる傾向にあります。
しかし、適切なタイミングで実施することで、床の美観を長く保ち、トータルコストを抑えることができます。
費用の目安と、実施を検討すべき時期について解説します。
一般的な剥離清掃の単価相場(1平米あたり・1坪あたり)
剥離清掃の費用は、対象となる床の面積、ワックスの堆積状況、床材の種類、作業の難易度によって変動します。
一般的な目安としては、通常の洗浄ワックス作業(表面洗浄)の単価と比較して、約2倍から3倍程度の価格設定となるケースが多いです。
一般的な店舗の場合の目安 床面積が広いほど平米単価は割安になる傾向がありますが、小規模な店舗や作業エリアが狭い場合は、最低出張料金(一式料金)が適用されることが一般的です。
詳細な金額については、現地調査に基づいた見積もりを確認する必要があります。
ワックスの層が厚い場合や、什器移動が多い場合の追加費用
長期間にわたり剥離清掃を行っておらず、ワックスの層が極端に厚く堆積している場合は、剥離剤の使用量が増え、作業工程も繰り返し行う必要があるため、特殊作業として割増料金が発生することがあります。
また、重量のある厨房機器や、大量の座席・テーブルを移動させる必要がある場合、作業員の増員が必要となり、その分の人件費が加算されるケースがあります。
実施頻度は歩行頻度によるが「3年から5年に1回」が基準
剥離清掃は、毎年のように頻繁に行う作業ではありません。一般的な飲食店や小売店、オフィスであれば、3年から5年に1回程度の頻度で実施するのが一つの目安となります。
ただし、土足歩行の頻度が非常に高いコンビニエンスストアや、油汚れの付着が多い飲食店では、汚れの蓄積速度が速いため、より短いサイクルでの実施が必要となる場合があります。
床全体の色が黒ずんで見えたり、什器を動かした際に元の床の色と現在の床の色に明らかな差があったりする場合が、実施を検討するタイミングと言えます。
失敗しない清掃業者の選定基準|見積もり確認時のチェックポイント
清掃業者を選定する際、価格だけでなく作業内容や信頼性を確認することが重要です。
「安価であること」だけを基準に選ぶと、必要な工程が省略され、十分な品質が得られない可能性があります。
見積もりや打ち合わせの段階で確認すべきポイントを紹介します。
現地調査で「床材の種類」と「ワックスの膜厚」を確認しているか
電話やメールでの問い合わせだけで、現地を見ずに確定金額を提示する業者には注意が必要です。
床材の種類(ゴム、リノリウム、化学タイル、石材など)によって使用できる剥離剤の種類や濃度が異なるため、事前の現地調査が不可欠です。
また、ワックスの厚みを確認せずに見積もりを出すと、当日の作業時間が大幅に延びたり、後から追加料金を請求されたりするトラブルに繋がる可能性があります。
変色リスクを防ぐための「中和洗浄(リンス)」が含まれているか
見積書や作業仕様書に、「中和作業」や「水洗い(リンス)」の工程が明記されているかを確認してください。
コストを極端に安く抑える業者の場合、この工程を簡略化し、簡単な水拭きだけで済ませることがあります。
中和が不十分な場合、施工後に床が変色したり、ワックスが粉を吹いたりする不具合が発生するリスクが高まります。
作業中の破損事故に対応する「損害賠償保険」に加入しているか
剥離作業は大量の水や洗剤を使用し、重量のある機材を扱うため、万が一の漏水事故や、機材の接触による什器・壁面の破損事故が発生するリスクがゼロではありません。
そのような不測の事態が発生した際に、責任を持って補償対応ができるよう、損害賠償責任保険に加入している業者を選ぶことが、安心して作業を依頼するための条件となります。
床の剥離清掃に関する実務的なよくある質問
店舗の営業時間外(深夜または早朝)に作業依頼できますか?
多くの清掃業者では、店舗の営業活動に支障が出ないよう、閉店後の深夜や開店前の早朝の時間帯での作業に対応しています。
ただし、深夜作業には労働基準法に基づく割増賃金が発生するため、日中作業と比較して料金が割増になる場合があります。
また、テナントビルの場合は、管理会社や警備会社への事前の入館申請や、作業届の提出が必要になることがあるため、余裕を持ったスケジュール調整が必要です。
剥離剤特有の臭いは作業後どの程度で消失しますか?
剥離剤には、ワックスを溶解するための溶剤成分が含まれているため、作業中には特有の化学的な臭気が発生します。
しかし、作業完了後に十分な換気を行い、床面が乾燥してワックスが硬化すれば、臭気はほとんど気にならないレベルまで消失します。
臭いに敏感な環境(病院、介護施設、飲食店など)の場合は、低臭タイプの剥離剤を使用することが可能か、事前に業者へ相談することをお勧めします。
剥離清掃後はどれくらいの乾燥時間で歩行可能になりますか?
剥離作業が終了した後、新しいワックスを塗布し、それが完全に乾燥して歩行可能になるまでには一定の時間が必要です。
空調設備や送風機の使用状況、季節や湿度によって異なりますが、全ての作業が完了してから、約1時間から2時間程度の乾燥時間を見込んでおく必要があります。
テーブルや椅子などの什器を元の位置に戻す作業も、ワックスが完全に乾燥した後に行う必要があるため、作業スケジュールを組む際は、この乾燥時間も含めて計画する必要があります。
まとめ
剥離清掃は、通常の清掃方法では解決することができない床の黒ずみや、長年にわたり蓄積したワックス層の汚れを、化学的なプロセスを用いて根本から取り除く作業です。
しかし、その実施には専門的な知識、適切な機材、そして安全管理が求められます。
自社で無理に実施しようとすると、床材の損傷や廃液処理の問題など、多くのリスクを伴う可能性があります。
床の汚れが気になり始めた場合や、定期清掃を行ってもきれいにならないと感じた場合は、まずは専門業者に現地調査を依頼し、現在の床の状態を診断してもらうことをお勧めします。
適切な時期に適切なメンテナンスを行うことで、店舗や施設の美観を維持し、結果として床材の寿命を延ばし、長期的な修繕コストを抑えることに繋がります。